真言宗の意味を解説
1度は日本史の勉強で覚えたことのある弘法大師空海が開いた日本の仏教の宗派の1つ「真言宗」があります。真言宗は真言陀羅尼宗、曼荼羅宗や秘密宗とも呼ばれております。
真言宗は、弘法大師空海が中国(当時の唐の時代)の長安に渡りで青龍寺で恵果から学んだ「密教」を基盤としている仏教です。空海は、著作の秘密曼荼羅十住心論や秘蔵宝鑰では当時に伝来していた仏教の各派の教学いついては一応の評価を与えるも、真言宗を最上位に置くことで10段階の思想体系の中に組み込むことになりました。真言密教を東密と呼ばれており真言宗の密教は東寺を基盤していたためです。
空海が開いた真言宗は長い歴史の中でいくつかの争いを繰り返しながら今の真言宗に変化していきましたが、主な争いは次の通りです。
- 東寺と高野山(本末の争い)・覚鑁と新義派教学の争い/li>
- 豊山派・智山派
大きな勢力を持っていた根来寺でしたが、この大きな勢力を持つ寺の存在を危惧していました豊臣秀吉の手により1585年に焼き討ちにより廃墟となったため、1588年にこの焼き討ちを逃れた専誉が奈良県桜井市にある長谷寺に入って真言宗豊山派の総本山となりました。また徳川家康の保護を受けることで1601年に玄宥が根来寺にあった智積院を京都の東山七條に再建し後の真言宗智山派の総本山となりました。
- 画一宗派と分離独立派の抗争
- 古義八派と各派の分離独立
などのこれらの争いの後今の真言宗となりました。
真言宗の基盤となる密教はインドで起こり中国を経由して弘法大師空海に伝えらました。そして、日本で独立した宗派として真言宗を開くまでは、八祖を経由して伝えられたと言われています。この言い伝えのことを「真言八祖」と呼びます。真言宗の基盤である真言密教を学んでいく場合は事相(じそう)と教相(きょうそう)が重要視されることになります。
- 事相は、真言密教を実践する方法と言われており修法の作法を指します
- 教相は、真言密教の理論となります。
このため真言宗の主要経典「大日経」は教相の経典となり、金剛頂経は事相の経典となります。